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2018年10月10日 (水)

登って来ました~三徳山・投入堂!

週末になると台風がやってきてお天気とならなかった土日!!

やっと7日~8日にかけて sun sun マークとなり

宿題となっていた鳥取県東伯郡三朝町の三徳山 ( 899.6 m ) に登って来ました。

10/8(祭)午前4時起き、4時半自宅を出発です。

尾道松江やまなみ街道 (高速) を吉舎まで走り、吉舎 → 庄原と一般道を走って

庄原 → 西条 →道後を越えて、 日野 → 江府 → 蒜山道の駅・風の家で、

( 画像はすべて、クリックで大きくなります )

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走りながら写した ・・・ 蒜山三山

トイレ休憩&お買い物して → 関金温泉 → 倉吉へ → 三朝温泉 → 三徳山駐車場に

着いたのが9時半頃 ・・・ いやぁ~結構時間かかりました~

高速使っても良かったけど、岡山経由で時間的にはほぼ一緒なので

吉舎からは一般道を走ってきました。

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途中コンビニに寄って、朝ご飯食べたりしましたけどね。

2週間振りのお天気の休みの日とあって、大勢の登山客のようで駐車場は満杯!

少しの駐車スペースを見つけ、駐車することが出来ました。

早速、登山の準備を整えて・・・

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三佛寺入口 (参拝者受付案内所) で、拝観志納金・一人400円払って

いよいよ三徳山・投入堂への登山開始です。

靴底の確認がありました。

「 手水 」 で口と手を濯ぎ、先ず 「 心身の清浄 」 に務めます。

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そうして三佛寺受付より長い階段を上がり ・・・

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三佛寺・本堂にて、「 二拝二拍手一拝 」 してお参りします!

三徳山 ( 899.6m ) は、修験道の聖地として約1300年前より栄えた山です。

三徳山開山から約150年後の849年、

慈覚大師  (じかくだいし)  が、お堂を建てて、

阿弥陀如来 ・ 釈迦如来 ・ 大日如来の三尊仏をお祀りし、

そのお堂が三佛寺と名付けられ、天台密教の道場として信仰を集めたそうです。

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無地に拝登し、下山出来ますように ・・・

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三佛寺の裏手にある登山参拝事務所で服装・登山靴などの検査を受けます。

登山参拝事務所で投入堂までの拝観志納金400円を更に払い、

登山届に住所・氏名を書き込みます。

必ず二人以上で登ることなども確認されます。

「 六根清浄 」 と書かれた 「 タスキ 」 を掛けてからようやく登れます。

六根とは、「 眼 ・ 耳 ・ 鼻 ・ 舌  ・身 ・ 意 」 を表し、

三徳山の急峻な岩肌を登り、

荘厳な寺院に祈りを捧げることにより 六根を清らかに浄化させようという

考え方だそうです。

ちなみに一説によると 「 どっこいしょ  」は、

修行者が三徳山に登っているときに 「 六根清浄 」 と唱えていたのが

なまったものだそうですよ。

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ここでは、両手を使えるように無料でリュックの貸し出しもありましたよ。

これより先は、登山靴(スニーカー不可)でないと登れません。

厳しい修行道であるからこそ再度、安全もしっかりと確認されるのです。

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スニーカーなどの方は、わらじ (700円) に履き替えなければ

これより先には進めません!

さてそれでは、投入堂まで登って行きましょう~

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結界門をくぐり ・・・ 入峰修行のスタートです。

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今日のカケスは、リュックも背負わず身軽な出で立ちですぅ~ (汗)

宿入橋 ( しくいりばし ) を渡るといよいよ ・・・

三徳山 ・ 投入堂への修行道の始まりです。

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まず野際稲荷 ↑ に手を合わせ ・・・

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蓮の花びらをかざし、この地にお堂を造ったと言われる

役小角 (えんのおづの) 像が出迎えてくれました。

少し急な登りを歩くと、いきなりあの大木と根っこの

急な登山道が現れました。

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思っていた程大変では無く、意外とあっさり登れましたよ!

楽勝でした~ happy01

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その後もこんな木の根っこをよじ登ったり ・・・

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掘れたと言うか抉れたようなこんな急な登り!!

しかも先々日の雨でぬかるんだ粘土質の道なんで滑りますぅ~

続いて現れたのは、急勾配の坂が続く 「 かずら坂 」 でした。

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かずら坂は、急勾配だけでなく石や根っこ道となっていて

最初の難所のトレイルでした~ coldsweats01

険しい修行道の中では、幾度も 「 どっこいしょ 」 な場面がありました。

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登山道でこんなキノコ ↓ を発見!!

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タマゴダケ(卵茸)によく似ていますが・・・

よく似たキノコにタマゴタケモドキとベニテングタケがあります。

この二つはどちらも毒性です。

タマゴダケは食べれますが、この画像のキノコのツカは白っぽいので

ベニテングタケ (猛毒) かも知れません。

ベニテングタケには、普通カサに白いイボイボがあるのですが、無いものもあるそうです。

クワバラクワバラ ・・・

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そうこうする内に、「 クサリ坂 」 に出合いました。

向かって右は登り専用で、左が下り用です。

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登りはそれ程鎖に頼らなくても登れましたよ!

鎖場を越えると、文殊堂 ( 国重文 ) が現れました。

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文殊堂は大きな岩の上に建っていました。

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見事な木の枠組みで建っています。

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鎖を持って、文殊堂の柱脚部分の岩を登ります。

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鎖を伝って、文殊堂の柱脚の岩を回り込み ・・・

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そうして台座となっている大岩に掛けてある鎖を登ると ・・・

文殊堂 ( 国重要文化財 )の廻り縁に出ました!!

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文殊堂 ( 300m ) に上がるには、靴を脱いで廻り縁を歩きます。

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廻り縁の下には、紅葉の始まった木々の鮮やかな色合いが見事です。

下を見ると怖いで~す!

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遠くの山並みもとっても綺麗です。

文殊堂から青々とした山や日本海を見渡すと心が洗われるようです。

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文殊堂は、室町時代後期 (永禄年間:1500年代) に建てられたと推定されています。

基本構造は、入母屋、こけら葺、桁行4間、梁間3間、懸造、

参道側の屋根面(正面は崖面)には軒唐破風が設けられています。

4周には廻り縁を設けていますが、手摺や高欄などは無く、

歩く時は注意が必要です。

床板も外側に向いて水が溜まらないように工夫され、

外壁は真壁造り、素木板張り、開口部と板張だけで構成されているそうです。

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縁の下を見ると、大勢の方々が登ってましたよ!

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廻り縁から見えるのナナカマドの赤い実がとっても綺麗でした。

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文殊堂からは、視界が良い時には日本海や大山を見渡す事が出来るようです。

文殊堂から岩をひと登りすると・・・

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地蔵堂 ( 国重要文化財 ) がありました。

地蔵堂も同じように靴を脱いで廻り縁に上がることが出来ます。

地蔵堂 ・・・ 本尊は延命地蔵菩薩で、

子育て、子守に御利益がある 「 子守権現 」 として信仰されてきたそうです。

室町時代後期に建てられたと推定され、文殊堂と同じように岩の上に建っていました~

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地蔵堂は入母屋、こけら葺、桁行4間、梁間3間、懸造、

参道側の屋根面 (正面は崖面) には軒唐破風が設けられ、

4周に周り縁を設けてあります。

地蔵堂の廻り縁の下には原生林が広がっていました。

また登って行くと、鐘楼堂 ( 県重要文化財 ) に出ました!

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鐘楼堂 」 ・・・ 鳥取県指定保護文化財

梵鐘は、3尺5寸 ( 約1.15m )、重量800貫 ( 約3トン )もある事から

麓から鐘楼のあるこんな高所まで、どの様に運んだのか現在も謎とされています。

この険しい山道を、その昔どのようにして運んだのでしょうか~

カラッチも鐘を衝くと、ゴーンと重い音色に包まれました。

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鐘楼は、鎌倉時代に建立されたと推定される建物で

大正時代に大改修されました。

切妻、こけら葺、部材自体は比較的新しいが、当時の雰囲気を今に伝えています。

毎年12月31日の大晦日には夜間、冬季の登拝禁止を解除し、

降雪の中を三佛寺奥之院・投入堂まで、

鐘楼では108つの鐘が鳴らされ 「 日本一危険な除夜の鐘 」 と呼ばれています。

おぉっ、馬の背が見えてきました~

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馬の背、牛の背は、鐘楼から納経堂に至る参道にある難所で、

当時は両側が断崖絶壁で大変危険な場所だったとされます。

現在も1人づつしか通れなく、当時の名残が残ります。

思った程の恐怖は感じられませんでした。

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更に歩いて行くと、納経堂に出合いました。

納経堂 ・・・

法華経、華厳経の写経 (建徳、至徳などの年号あり ) が多数納めてあるそうです。

鎌倉時代の春日造り本殿建築で

投入堂と同じく慶雲3年  (706) の創建と伝えられています。

春日造本殿建築の遺構として大変貴重なことから

明治37年 (1904) に国指定重要文化財に指定されています。

納経堂から、観音堂 ・ 元結掛堂 ・ 不動堂まで直ぐでした。

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観音堂 ・・・ 本尊は十一面観世音菩薩

正保5年 (1648) に鳥取藩主池田光仲 (徳川家康の曾孫) により

再建されたもので、木造平屋建、入母屋、銅板葺 (旧こけら葺)、

桁行3間、梁間3間、妻入、外壁は真壁造、素木板張り、

左右の屋根に千鳥破風が施されています。

建物の大部分が洞窟に収まるように建てられ、

前面一間分が崖地にせり出し、崖造風になっています。

参道は、観音堂の外壁と岸壁との間を通過しますが、

幅は人一人がやっと通れる程に狭く、「 胎内めぐり 」 や 「 胎内くぐり 」 を

彷彿する空間構成になっていました。

三佛寺の奥之院である投入堂を迎えるにあたり、

胎内を潜る事で新しい自分に生まれ変わり ・・・

肉体と魂を浄化する役割を持っていたと思われます。

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元結掛堂 ・・・ 本尊は 「 悉多太子 (しったるた) 」

行者道に点在するお堂の一つで、

観音堂と同じ岩窟内に建てられています。

一間社春日見世棚造で、切妻、妻入。

全面に1間四方の向拝がつき、様式から江戸時代前期の建築とされています。

「元結(もとゆい)」とは、髪を束ねる為、

糊で硬くした「こより」のことで、

三佛寺で剃髪した僧侶の髪を納めたお堂とされているそうです。

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さていよいよ投入堂に向けて進みます。

三徳山の 「 六根清浄 」 の修行もいよいよラストスパートです!

気を引き締めて参りましょう~

登山道からは一度も見ることが出来なかった投入堂が、ようやく目の前に現れました。

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投入堂 」 (なげいれどう) の通称で知られる奥院

垂直に切り立った絶壁の窪みに建てられた他に類を見ない建築物で、

国宝 に指定されています。

昔、役小角 (えんのおづの) が蓮の花びらをかざし、

「 この花びらを、神仏にゆかりのあるところへ落して下さい 」 と空に投げたところ、

石鎚山 (愛媛) ・ 吉野山 (奈良) と三徳山 (鳥取) に舞い降り、

それらの山を修験道の行場として開いたことが

三徳山の修験道としての始まりと言われています。

※ 役小角 (えんのおづの) は、修験道の開祖とされている人です!

役小角が三徳山を訪れた時、その山の麓にお堂を造ったそうです。

役小角は、法力でお堂を手のひらに乗るほどに小さくし、

大きな掛け声と共に断崖絶壁にある岩窟に投げ入れたと言われています。

このことから 「 投入堂 」 と呼ばれるようになったそうです。

なお、投入堂までの参道はなく、投入堂を見上げる位置で参拝します。

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岩窟にきちんとおさまった 「 投入堂 」 !

1000年以上も壊れずに建っていることが奇跡です。

まさに神業のようにすっぽりと岩の窪みに納まっていました。

控え目ながら、凛とした姿で立つ投入堂は ・・・

何だか神々しくさえ感じます!

まさに修験道そのものの道を登って来た者にしか味わえない

極上の幸せを感じさせてくれました。

思わず、合掌!!

投入堂は、山の断崖の窪みに建造された平安時代の懸造りで、

玄武岩層と凝灰岩層の切れ目にある岩陰を利用して、

柱で床を支える懸造り (山などの斜面に建てられる半高床式の造り) で建設されています。

構造は、懸造平入りで、正面二間、側面一間の母屋に高欄付きの縁を

鍵の手状に巡らせています。

母屋の屋根は桧皮葺き流れ造りで、脇に落ち屋根のひさしが付き、

投入堂の西側には、一間四方切り妻屋根の愛染堂が付属しています。

投入堂内部には、7体の蔵王権現立像が安置されていたそうですが、

現在は、三佛寺の本堂にかわされているそうです。

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宿入橋から投入堂 ( 450m ) までの登山道の動画は ・・・ こちら

この10年のうち3人の死者が出ているようですが、それでも参拝者は後を絶ちません。

実際に今年6月に大腿部骨折で

ヘリコプターで救助された方があったと聞いています。

役行者は、不思議な力を持っていて

空や野山を駆け巡り、鬼神を自由に操ったと言われています。

物理的には建てるのが難しいとされ、

本当のところどうやってこの投入堂を建立したのかは謎のままだそうです。

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三徳山は、古くからは美徳山と呼ばれていたそうで、

名前の由来は、法身の徳  (美しい心)  ・ 般若の徳  (にごりのない心)  ・

解脱の徳  (はたらきのある心) の三徳からきています。

古くから修行が行われた霊山でもあり、

三徳山を登ると “ 邪念がなくなる ” とも言われているそうです。

カラッチも多少、邪念が無くなったでしょうか~?

登山道は、三徳山の中腹にあたる投入堂までの一本のみで、

全山が人跡未踏の原生林に覆われています。

いやぁ~ それにしても凄い登山道でした。

三徳山 ・ 投入堂まで歩いてみて、本当の素晴らしさが実感できました。

結界門をくぐり 、宿入橋から投入堂までの道は、

まさに修験道そのものでしたよ!

修験道の主な道は、大峰山、石鎚山とこの三徳山ですが、

一番きつい修験道は、この三徳山・投入堂ではないでしょうか~

登山口から投入堂までの動画は・・・こちら

投入堂までの 空撮動画 を是非とも画面を大きくしてご覧下さい。

長いレポを見て頂き有難うございました。

三徳山・投入堂 ・・・ 下山編はこちら

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コメント

こんばんは
見覚えのある地名などが出てきましたて懐かしいです
春先のセツブンソウ鑑賞の折、吉舎・庄原・三次とか我らに馴染みない地名です。
多分 あの付近?かなと想像しながら記事を読ませてもらいました。

それにしてもカラッチさんの記事、いや~さすがですね、よく勉強され、
またそれを記事にするっていい加減にはできない史実、ずっと前の百名山の時の、旅日記の詳細文を
彷彿させられましたよ。私はその頃からカラッチさん記事に感服しておりましたよ。

何でもアバウトな性格の自分には到底~~・
これってカラッチさん、マジで文才あると思うよ、だってこれほどリアルな紀行文なかなか書けませんよ。
こんな文章記事、書ける人って、周りに余りいないな~。

ひょっとしたら、もう少し若かったら(超失礼!)進む道、誤ったのかもよ!!。

山帽子さ^ん、早速コメント有難うございます~(*゚▽゚)ノ

ふふっ、そうでしょう~ 吉舎・庄原・三次ですもんね~~
セツブンソウの咲く頃、何度かこちら方面に通われましたよね。

三徳山は、そこからまだまだ先で鳥取県の三朝温泉の近くですよ~ん!
こちらからでも片道、4~5時間かかりますから・・・
どうぞ登ってみてと書きましたが、そちらからだと一泊しないと無理でしょうね。
でも万難を排してでも、是非この三徳山・投入堂には登って欲しいですぅ~

いえいえお恥ずかしい限りですよ~coldsweats01
登る前と帰ってから、登った山についてネットで勉強するんですよ~
建物などの説明については、しっかりネットでの説明文を引用させて頂いています。

>ずっと前の百名山の時の、旅日記の詳細文、を彷彿させられましたよ
>ひょっとしたら、もう少し若かったら(超失礼!)進む道、誤ったのかもよ!
ポリポリ・・・そんなことありませんってば~
山帽子さんから、そんなこと言われるなんて超お恥ずかしいですよ~
山帽子さんもきっとそうだと思いますが・・・
登って山を楽しんで、帰ってからレポを書くことで二度山を楽しめて得した気分を味わえるんですよね~scissors

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